合格体験記

■2020年度(最新版)

間違いなく関西志学館のおかげ

灘高校入学 /  阪野 慎之助 君 (西宮市立苦楽園中学校卒)

 三年前、僕は中学受験に挑み、第一志望はおろか第二志望校までも落ちてしまった。はっきり言って大失敗である。僕には三つ歳の離れた兄がいるのだが、彼はこの塾に通い西大和学園高校に見事合格していた。そこで僕は、唯一合格していた第三志望の滑り止め校に入学するのをやめ、地元の公立中学に入学し、関西志学館に通うことを決めた。

入塾して初めての月例テストでの順位は23人中八位だった。小学生の頃、僕は小さな塾で常に上位だったため、レベルの高い塾だと感じ、この先授業について行けるかどうかは常に不安だった。その後成績が不安定なまま、2年生になった。2年になると受験の話が沢山されるようになり、先生方の話を聞いているうちに、灘高校を目指す気持ちが芽生えた。まず数学の力を上げるため、自主的に『高校への数学』を解き、毎月数学の先生に提出し始めた。すると月例テストの順位がどんどん上がって行き、何度も一位を取れるようになり、成績も安定してきた。

三年生になるとすぐに、一つ上の学年の合格実績が発表された。塾生の半分が灘高校に合格するようなすごい塾なんだと改めて気付かされたと同時に、そんな塾で上位なら、きっと自分も合格できるだろうと過信していた。すると六月度の月例テストでは順位が下がってしまった。ちょうどその頃、英語の先生が「この時期になると慢心し始める奴がいる」とおっしゃっていて、真に自分だと気付き、恥ずかしくなった。

さらに塾長が「受験は夏の頑張りでほとんど決まる」とおっしゃっていたので、今までにないくらい頑張った。すると九月から三ヶ月連続で受けた駿台模試では全て偏差値が七十を越え、十月度においては数学全国一位、四科目では十四位を取ることが出来た。努力が報われたと嬉しくなり、自信もついた。十二月に受けた灘模試では得意の数学で思うような点が取れなかったとは言え、合格基準点を越えていたので安心できた。年を越すと毎日のように灘高の過去問に挑んだ。日が経つにつれ点数も安定し、数学では百点を取ることもできた。灘高は天才が行く所だと思っていたが、そんな思い込みはどんどん薄れていった。

そしてついに灘高の入試が迫ってきた。直前特訓で全ての年度に合格できていたため自信はついていたし、併願校は無事合格できていたが、やはり不安や緊張に襲われた。そんな緊張をやわらげてくれたのは前日に配られたプリントだった。そこには沢山の名言が書かれており、先生方の温かみを感じた。そしていつも通りに試験に臨むことができ、無事合格した。

僕が灘高校に合格できたのは間違いなく関西志学館のおかげだ。先生方の丁寧なご指導や楽しい授業によって三年間楽しみながら勉強できた。先生方には感謝してもしきれない。今、僕は三年前の決断を誇りに思っている。

■2019年度

最後まで先生方を信じ、諦めないことの大切さ

灘高校入学 /  山口 仁玄 君 (神戸市立神戸生田中学校卒)

 僕が灘高を受験しようと決めたのは、中学校3年の夏休みが終わる頃でした。入試までたった5ヶ月間ほどしかない本当に短期間での挑戦でした。僕は全寮制の私立中高一貫校へ通っていたので、自宅に戻り公立中学校に転校、それからようやく高校受験の勉強に取りかかり始めました。それまで通っていた私立校は特に進学校でもなく授業進度も普通だったので、模試を受けてみても灘高などとても目指せないような成績で、ある大手の塾には入塾を断られたほどでした。

めげずにいくつかの塾をまわってテキストを見せてもらったり、体験授業を受けたりして、そして、ここなら僕を引っ張り上げてくれるのではと思うことができ、またこのような悲惨な状態の僕を受け入れてくれたのが関西志学館でした。いざ本格的に授業を受け出してみると、はじめこそ授業のスピードや内容に付いて行くのは大変でしたが、クラスの雰囲気が良く、みんなでわいわいと騒ぎながら競争できるのが励みにもなり、通塾は非常に楽しいものとなりました。また、受験対策をしていなかった僕でも授業の前後にいくらでも質問することができたので、徐々にみんなとの競争に加わることができるようになり、それがまた通塾の楽しさに輪をかけていきました。

11月頃には成績順に与えられる席も少しずつ前に陣取れるようになり、12月には1列目にまで進めました。この時期は数学、理科は安定した点数が取れ、国語はムラがあり、苦手だった英語は相変わらずの低得点だったので、英語は諦めてそれ以外の教科で点を稼ごうと思っていました。

年が明け、入試1ヶ月前にもなると毎日のように灘の過去問に取り組みました。英語以外の3教科の得点は落ち着いてきましたが、英語は相変わらず30点が取れないこともありました。英語の成績不振の理由は明らかで、全くやっていなかった語彙力不足です。しかし、試験当日の朝、体育館で配布された直前プリントの問題にあったヒントが僕にとって大きな味方となり、本番での英語の得点は60点を越え、過去問から通しての僕の過去最高点が入試本番の点数となりました。最後まで先生方を信じ、諦めないことの大切さを実感しました。

僕自身の灘高に行きたいという強い思いと、塾が培った長年のノウハウ、塾の先生方の応援、そして塾生みんなの競争、高め合いのおかげで、僕の灘高合格は勝ち取ることができたと思います。僕は安穏とした日々を過ごすよりも、大変だけれども夢に立ち向かう選択を選びました。それを支えてくれた関西志学館の先生方、短い期間でしたが本当にありがとうございました。

志学館では灘高を目指す人達と一緒に勉強するから、灘を目指せる

灘高校入学 /  榊原 慶昭 君 (私立中学校卒)

僕は小学生の頃は大手進学塾に通っていた。しかしほとんど勉強をしなかったので、一番下のクラスになり、その中でも自分より下はいないという程、成績が下がった。そしてその成績を見事にキープし続けたため、結局中学受験もせず、附属の中学校に上がることになった。その頃の中学校生活はというと、中1の間は部活のメンバーとゲーム漬けの毎日を送っていた。しかし中1が終わる頃、友人が高校受験を考えていることを知り、自分もしてみようかなという感じで入ったのがこの塾だった。

入塾した時はクラスが一つしかないことに驚いた。こんなに人数が少ないのになぜこんなに実績が高いのだろうかと思った。それまでの大手塾では、灘を目指す人達は別のクラスで授業を受けていたので、灘は別世界だと思って目指そうともしなかった。しかし志学館では灘高を目指す人達と一緒に勉強し、そして目の前で行われている授業さえ理解していけば灘を目指せるのだ。実際に授業を受けてみると、自分も賢くなったような気がしてきて、灘がとても近いように感じた。

当面は、目の前にある課題を真面目にこなすことにした。そうするとまず初めに英語が、続いて数学の成績が上がった。そして中2の夏頃までは順調にまずまずの成績をキープした。しかし秋頃から成績があまり上がらず、また不安定になった。その頃は宿題くらいしかやっていなかったので、まず英語を安定させようと、自主的に問題集を一冊買って取り組むことにした。さらに、単語をきちんと覚えるようにした。塾での単語暗記テスト以外に独自のペースでも覚えていくようにもした。これにより、中2が終わる頃には単語帳のほとんどが身に付き、中2最後の月例テストでは、それまでは10位くらいだった英語で1位を取ることができた。

そこからは他科目の成績も安定していき、中3では一切成績が下がることもなく、月例の総合順位も常に4位以内を保つことができた。おかげで、一年間辛いこともなく、本当に受験勉強しているのか分からないくらいだった。加えて、塾ではみんな仲が良く、塾からの帰り道がとても楽しかった。

入塾当初は、自分が灘高に入るとは全く思っていなかった。しかし最後には、まず大丈夫だろうと思えるほど自信に満ちた自分がいた。そんな自分に変えてくれたのは、まぎれもなく関西志学館であった。志学館の先生方や友人との出会いに本当に感謝している。

■2018年度

負けたことがあるというのが、いつか大きな財産になる。

灘高校入学 /  吉田 大人 君 (国立中学校卒)

中学受験で失敗し打ちひしがれていた頃、父の知り合いの方からこの塾を勧められ入塾しました。中二まではサッカー部に所属し、友達ともしっかり遊んでいたので、お世辞にも真面目な生徒とは言えませんでした。

中三の夏頃、それまでは安易に何とかなるだろうと思っていたのですが、過年度の模試を解いてみても全く先輩方のような結果が出せず、そこではっきりと危機感を抱きました。このままではいけないと本気で思い、夏合宿後のお盆休みも合宿のようなスケジュールで勉強しました。総合的に学力を上げなければならなかったので、まずそれまでのプリントの直しをやりました。英語は夏期課題を何度もやり直し、参考書を読み漁り、例文を丸ごと覚えました。国語は文章題を毎日必ず一題解き、そして数学は『高校への数学』を徹底的にやりました。

すると英語はお盆休み後から、国語は秋頃から急激に成績が上がり、大きな武器になりました。数学は結果が出て来るまでに時間がかかりましたが、徐々に復習テストで満点を取れることが増え、駿台模試の偏差値も安定し、得意科目となりました。そして迎えた12月の灘模試では満足のゆく結果が得られるまでになっていました。1月から始まった直前特訓で灘の過去問を初めて解いた時、合格まであと1点。こんなこと本当にあるんだと実感したことを覚えています。それから何度も過去問を解いていくうちに慣れて行き、結局合格点を下回ったのはその最初の一度しかありませんでした。

そして受験本番。当日はリラックスして受けることができ、結果は合格。自分の番号を見た時は本当に嬉しく、今までの努力が全て報われた気がしました。「負けたことがあるというのが、いつか大きな財産になる。」『スラムダンク』の中の言葉です。

僕は中学受験では失敗しましたが高校受験では志学館のおかげで成功できました。この三年間、志学館の先生方が第二の家族のように僕に接してくれたこと、常に笑い溢れる授業を受けられたこと、仲間と共に頑張ったこと、そして灘高校に合格できたこと、これらは僕にとってまぎれもなく大きな財産です。 本当にありがとうございました。

■2018年度

負けたことがあるというのが、いつか大きな財産になる。

灘高校入学 /  吉田 大人 君 (国立中学校卒)

中学受験で失敗し打ちひしがれていた頃、父の知り合いの方からこの塾を勧められ入塾しました。中二まではサッカー部に所属し、友達ともしっかり遊んでいたので、お世辞にも真面目な生徒とは言えませんでした。

中三の夏頃、それまでは安易に何とかなるだろうと思っていたのですが、過年度の模試を解いてみても全く先輩方のような結果が出せず、そこではっきりと危機感を抱きました。このままではいけないと本気で思い、夏合宿後のお盆休みも合宿のようなスケジュールで勉強しました。総合的に学力を上げなければならなかったので、まずそれまでのプリントの直しをやりました。英語は夏期課題を何度もやり直し、参考書を読み漁り、例文を丸ごと覚えました。国語は文章題を毎日必ず一題解き、そして数学は『高校への数学』を徹底的にやりました。

すると英語はお盆休み後から、国語は秋頃から急激に成績が上がり、大きな武器になりました。数学は結果が出て来るまでに時間がかかりましたが、徐々に復習テストで満点を取れることが増え、駿台模試の偏差値も安定し、得意科目となりました。そして迎えた12月の灘模試では満足のゆく結果が得られるまでになっていました。1月から始まった直前特訓で灘の過去問を初めて解いた時、合格まであと1点。こんなこと本当にあるんだと実感したことを覚えています。それから何度も過去問を解いていくうちに慣れて行き、結局合格点を下回ったのはその最初の一度しかありませんでした。

そして受験本番。当日はリラックスして受けることができ、結果は合格。自分の番号を見た時は本当に嬉しく、今までの努力が全て報われた気がしました。「負けたことがあるというのが、いつか大きな財産になる。」『スラムダンク』の中の言葉です。

僕は中学受験では失敗しましたが高校受験では志学館のおかげで成功できました。この三年間、志学館の先生方が第二の家族のように僕に接してくれたこと、常に笑い溢れる授業を受けられたこと、仲間と共に頑張ったこと、そして灘高校に合格できたこと、これらは僕にとってまぎれもなく大きな財産です。 本当にありがとうございました。

■2018年度(最新版)

志学館で、真剣に向き合う姿勢の大切さを学べた

洛南高校(空パラダイム)入学 /  奥野 琴音 さん (池田市立渋谷中学校卒)

私は中学受験に失敗し、小6の3月から関西志学館に入塾しました。  中一の間は特に志望校を決めていたわけではありませんでしたが、中学受験と同じ失敗はしたくないという思いから、真面目に勉強をし、月例テストの成績も安定していました。しかし、中二の夏頃から、周りの意識も以前より高くなり、少しずつ成績が落ちていきました。そのため、改めて自分の弱点を見つめ直し、特に苦手科目の数学は授業の前後によく質問に行きました。どの先生も私のペースに合わせて丁寧に教えて下さり、理解を深めることができました。

三年になると学習量が増え、エクセル理社特訓のプリントなどの宿題が追い付かなくなり、勉強のペースが掴めなくなりました。また、月例テストで出題範囲が無くなってからは、それまで安定して得点源になっていた英語が特に下がっていきました。月例テストの英語の長文を時間内に読み終えることが難しくなり、とても悩みましたが、最終的には授業やテストで読んだ長文を毎回もう一度訳し直すことにより、少しずつ克服しました。  洛南高校を第一志望校と決めて臨んだ十月の五ツ木模試では、合格ラインに達しなかったため、とても落ち込みました。しかし、このことが発奮材料となり、気持ちを引き締め直して臨んだその後の模試は成績も安定していきました。その時点でもエクセル理社特訓のやり残したプリントがあったので、苦手分野を優先的に、就寝前などのこま切れの時間を使って取り組むようにしていました。

正月特訓の過去問演習では、自分の実力が本当に通用するのか不安でしたが、解き終わった過去問を毎日復習し、自分の力を最大限に発揮できるよう意識することで、だんだんと自信がついていきました。続く直前特訓では、順調に合格点をクリアしていたものの、一度つまづき、自分はケアレスミスが多いということを改めて痛感しました。その一、二点の差で合否が分かれるという厳しさに気付かされました。

今年の洛南の入試は例年より厳しい戦いだったと聞きましたが、この度、無事合格できたのは、この三年間志学館で、日々の積み重ねと、最後まで問題に真剣に向き合う姿勢の大切さを学べたおかげです。これからもここで学んだことを生かしていきたいです。  三年間、本当にありがとうございました。

■2017年度

共に励まし合える仲間達と家族と関西志学館の先生方のおかげ

洛南高校(空パラダイム)入学 /  市来 知大 君 (尼崎市立武庫東中学校卒)

僕は中学受験に向けて勉強を始めた時期が遅く、目標の中学までの学力が全く足りず、中学受験を途中で断念しました。その失敗を反省して、中一の初めから関西志学館に入塾しました。初回の月例テストでは小学校の頃の勉強量の差が出てしまい、順位が悪く落ち込みました。しかし、先生方の授業がとてもわかりやすかったので、授業の内容が理解できないことはほとんどありませんでした。また宿題が思っていたよりも少なく、授業も面白かったので、クラブ活動をしながらでも塾に通うことが苦になりませんでした。

塾で授業を集中して聞き、家で授業の復習と宿題をして、塾で学んだことをしっかりと定着させていくうちに、自然と成績が上がるようになっていきました。僕は社会が苦手で、社会の授業が始まると、大きく足を引っ張っているのが目に見えてわかりました。苦手なのはわかっていてもついつい社会の勉強は後回しにしてしまいました。あまりにも出来なかったので志望校を五科目の高校から三科目の高校に変更しようかとも考えましたが、苦手なものから目を背けてはいけないと思い、社会を克服しようと思いました。それからは重要なところを重点的に覚えるようにして、少しずつ成績が良くなり、入試本番では思っていたよりもよく出来ました。完全に苦手を克服できたとは言えませんが、受験に対して十分な力が付いていたのだと思います。

英語のリスニング問題も心配でしたが、英語の基礎が固まっていたらリスニングは大丈夫だと先生がおっしゃって下さいました。実際、ほとんどリスニング対策をしていなくても本番では聴き取ることが出来ました。数学が昨年の問題と傾向が変わっていたので驚きましたが、心を落ち着かせていつも通りの力を発揮することができ、無事合格することが出来ました。僕が今まで頑張ることが出来たのは、共に励まし合える仲間達と、家族と、関西志学館の先生方のおかげです。今まで本当にありがとうございました。

■2020年度(最新版)

「合格」の文字を見た時、涙をこらえることができませんでした。

西大和学園高校入学 / 足立 有美佳 さん (国立中学校卒)

私が西大和学園を目指したきっかけは中学受験で西大和に箸にも棒にも掛からないほどの点数で落ち、高校受験でリベンジを果たそうと思ったからです。私は極度のサボりで、中一の英単語、中二の英熟語、古文単語の小テストでは目も当てられない成績を取り続けていました。また暗記科目である社会でもひどい点数ばかり取っていました。

中三になっても相変わらず呑気にしていると、どんどん月例テストの順位が下がっていきました。さすがに危機感を感じ、少しずつ暗記を見直すようになりました。年が明けてからの直前特訓では、やはり英語と社会が足を引っ張り、合格最低点に届かないことも多く、サボり続けていたことを後悔しました。ですが、こんな私でも、徐々に成績は上がり、安定して合格最低点くらいは取れるようになりました。

入試本番では緊張のあまり舞い上がっていたのか、理科で10分時間を間違えるというミスを犯し、絶対不合格だと落ち込みました。なので、ホームページで「合格」の文字を見た時、涙をこらえることができませんでした。

この私が無事合格することができたのは紛れもなく関西志学館のおかげです。志学館で出される宿題、暗記をこなし、授業をしっかりと聞いていれば確実に力がついていきます。最後になりましたが、私を合格に導いてくれた関西志学館には感謝の気持ちでいっぱいです。三年間、本当にありがとうございました。

■2018年度

短期間で西大和学園合格に導いてくれた関西志学館

西大和学園入学 /  北村 京平 君 (大阪市立三国中学校卒)

私が関西志学館に入会したのは中三の秋でした。それまでの約十ヶ月は他の塾に通っていたのですが、全く成績が伸びず、逆に下がっていく一方だったので、心機一転、志学館の門をたたくことにしました。当時、志望校も決まっておらず、時期的にもよく入塾を許可してくれたものだと感謝しています。灘高校志望者がたくさん通う塾だと聞いていたので授業についていくことができるのか不安でしたが、先生方の授業は面白く、毎日の通塾が楽しみでした。宿題や小テストはハードでしたが……。

志望校を決めるにあたって、西大和学園高校の五ツ木模試の偏差値ラインを示され、その時の私には超えられるか微妙でした(母は無理だと思っていたそうです)が、ぎりぎりではあったものの、目標ラインに到達することができました。関西志学館にお世話になる前の私の学力では西大和は遠い存在でしたが、手を伸ばせば届くのでは、と希望が湧いてきました。

年明けから、直前特訓が始まりました。5科コースでは、色々な学校の過去問を解き、その解説授業を受ける―その繰り返しは、想像していた以上にきつく、大変でした。しかし、この特訓があったからこそ、私は当日の入試をあまり緊張することなく受けることができたのだと思っています。

入試本番では得意な数学があまりできた感触が無く、逆に苦手の国語と英語は簡単に感じたものの合格できている自信がありませんでしたので、ホームページ上で「合格」の二文字を見た時、飛び上がらんばかりに喜びました。西大和は入ってからが大変だと聞くので精進していこうと思います。

私を短期間で西大和学園合格に導いてくれた関西志学館には感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。

■2018年度(最新版)

合格を手にすることができたのは、「志学館パワー」

白陵高校入学 /  大向 一嘉 君 (私立中学校卒)

三年前の入塾後、まず先生方が僕達31期生におっしゃったことは「この学年は志学館史上最低の学年だ」です。しかし僕達がここまで来て合格を手にすることができたのは、「志学館パワー」のおかげです。

中一の最初の月例テストの時まで、自分の実力に自信があった僕は、月例もどうせ良い点が取れるだろう、と高をくくっていました。しかし、なんとワースト3位という結果で、僕の実力に対する自信は全てぶち壊れました。僕はその時もう終わりだと思いました。しかしそんな僕を志学館の先生方は見捨てませんでした。もし僕が他のマンモス塾に行っていたら確実に見捨てられていたでしょう。

そこからは志学館の先生方がおっしゃるとおりに、まず数学を重点的に勉強していきました。すると一年後には月例の数学で一位を何回も取れる実力がつきました。数学は復習が大事です。同じ問題を解いて解いて解きまくる。最低でも三回は解き直しましょう。そうすれば数学の実力は自ずとついてきます。

英語は僕にとって得点源で、中一からずっと安定した点を取れていました。志学館の先生の板書をその日の寝る前に見直して復習をしていました。英語で大事なのは、単語と熟語、そして文法です。文法を命と例えるなら単語は血管で熟語は血液です。文法力が無ければ単語と熟語はちゃんと機能しませんし、文法が解っていても単語力と熟語力が無ければまた機能しません。しかし、志学館の宿題などをきちんとすればそういった力は自然とついてきますのでご心配なく。

そして中三の最後まで僕の足を引っ張ったのは国語です。しかし、国語は踏ん張りがあれば必ず成績は上がります。最低3カ月、成績がすぐには変わらなくても、読解問題を踏ん張って頑張って続けて下さい。同時に出来る限り読書もするのが良いと思います。

関西志学館は他のどの塾よりも素晴らしい塾です。百聞は一見に如かずと昔から言われてきたとおりで、まずは自分の目でその素晴らしい授業を見て、自分の耳で聞いて、確かめて下さい。志学館を信じて勉強すれば怖い高校などありません。そして手にするものは合格です。

最後の最後にこの場を借りて志学館の先生方に御礼申し上げます。三年間ありがとうございました。

■2017年度

志学館の先生方は勉強以外のこともたくさん教えて下さった

白陵高校入学 /  末國 夏帆 さん (加古川市立加古川中学校卒)

私は中三から途中入塾して一年間だけ関西志学館にお世話になりました。それまでは塾には通っていたものの公立高校合格を目標に掲げているような塾だったので、志学館に入塾した当初は周りの意識の高さや、熱い先生方、授業のレベルの高さに本当に驚きました。最初は本当に授業について行くのが大変でしたが、先生方がフォローして下さったおかげでどんどんわかるようになって授業が楽しみになりました。

しかし、夏休みから九月の駿台模試あたりまでは成績が思ったように伸びず、焦ったのを覚えています。勉強の仕方を質問しに行ったとき、先生方が親身になって教えて下さり、十月、十一月と納得の行く結果を出すことが出来ました。英語の長文が苦手でしたが、毎日一題は読むようにしようと決めて読んでいるうちに、文の構造や入試によく出てくる単語などがわかるようになりました。

また、慣れない頃はわからない単語に当たると読まずに飛ばしていましたが、文脈から判断して訳せるようになっていきました。また、毎回の英単語の暗記テストが本当に役立ちました。数学では空間図形が苦手だったので最初は解き方を覚えようと思い、解説を何度も読んでいるうちに「あ、そういうことか!」と納得させられ、直しを完璧にすることで類題を解けるようになりました。

特に月例テストや駿台模試は難問ばかりで考えてもわからないものもたくさんありましたが、いろいろな発見があり面白かったです。二学期から参加した過去問演習では国語の点数が安定しませんでしたが、ずっといろいろな問題を解いていくうちに記述の仕方や、記号問題は消去法で攻めるなどたくさんのことを教えて頂き、だんだん安定するようになっていきました。合宿や正月特訓、直前特訓は本当につらい時もありましたが、一生の宝物です。私がこの一年間で学んだことは、目標は高く持ち、そしてそれに向かって精いっぱい努力をすれば達成できるということです。

志学館の先生方は勉強以外のこともたくさん教えて下さったので人間的にも本当に成長できたと思います。今思えば、あっという間の一年間でした。それほど充実していたのだと思います。

十五年間生きてきて一番素晴らしい一年間でした。日本で一番いい塾と先生方に出会えて本当に嬉しいです。もう志学館で先生方の授業が受けられないと思うと本当に寂しいです。三年後、先生方にいい報告が出来るよう、憧れだった白陵高校で大学受験に向けて一生懸命頑張ります。本当にありがとうございました。

保護者からの手紙

2015年度 灘高校合格/匿名希望 母

「ついて行けなかったらやめたら良いから…」と、くり返しくり返し自分と息子に言い聞かせて入塾したのが三年前でした。灘高校には全く縁のない世界にいましたし、中学受験もしておらず、いまだ「灘高校合格」を信じられない気持ちでおります。 小学校には勉強するというよりは、楽しい事を見つけに行っていたという息子の成績はずば抜けて良いというものではありませんでした。ただ体験で入った近所の塾の単元のまとめテストのようなものは悪くなかったので、関西志学館の経験のある知人に勧めてもらったのが入塾のきっかけでした。

「普通の塾と同じ。習ったことをきちんと理解していくことの積み重ね。初めは今までの塾よりも宿題も少ないくらいだから大丈夫だよ。」いくら言われたところで当初は不安な気持ちばかりでした。 実際、中学受験をしていない息子は数学で友人達より遅れをとっているのは月例テストで歴然としていました。「数学は真面目にやっていればいずれ追い付きますから…」という先生方の言葉を信じて、

  • 休まずに塾に行くこと
  • 習ったことをきちんと理解することを積み重ねること
  • 小テストでなるべく点を取ること
を心掛けていました。 そして少しずつ順位が上がるようになるにつれて…、 「灘高校など行けるはずがない。」が「灘高校に行けるかも…」に変わり、 「灘高校に行ってみたい。」「灘高校に行きたい。」となってからは、どんどん自分で頑張るようになりました。

 「授業に集中する」ということの大切さはどなたでもご存知のことですが、関西志学館で集中力の “ON” と “OFF” の力を身につけさせて頂いたと思っております。  「"授業への集中力と耐力" が灘高校合格への一番の鍵であり、これからの人生にとって大変役に立つであろう…」というのが主人と私との共通の意見です。

 そしてこの塾で「高校生活を共に送りたい」と思える尊敬できる友人に出遭えたことも財産でした。知人に塾を紹介して頂いて本当に良かったです。これから先、関西志学館の卒業生が一人でも多く同窓生になれますように…。  本当にありがとうございました。

保護者からの手紙

灘高校入学/N.Aの母

息子は,中学受験をせずにいきなり小学6年生の2月に関西志学館の入塾テストを受け3月より通塾を始めました。小学校4年生から5年生にかけての1年あまり父親の仕事の関係でアメリカに住んでおりましたので,英語だけが他の塾生さんと比べてできているというだけの子供でした。小学校の級友たちが中学校受験をされ私立有名中学に合格されたのが少々悔しく,自分は高校から級友たちよりもっとレベルの高い学校に行きたいという気持ちだけで勉強を始めました。

灘中学校や甲陽学院中学校を惜しくも不合格になった塾生さんと机を並べ刺激を受け,又,当時数学をご指導いただいておりました塾長先生の息子への対応が3年間の受験勉強を支えていただいたと感謝致しております。息子が申しますに,『塾長はいつもニコニコしておられ,良くできたときは必ず誉めてくださいました。又,順位が上位でも易しい問題が出来なかったときは注意してくださり,励みとなりました。』とのことでございます。

3年間の受験期,私は母として食事作りや身の回りの世話をするだけで,不安定な中学生の精神的な支えを塾の先生たちがしてくださり大変感謝致しております。この時期の子供は両親に反発する時期ですが,自分の目的を達成するために指導してくださっている関西志学館の先生方のおっしゃることには素直に従えたようでございます。 灘高校に合格してから京都大学法学部に合格するまでの3年間,特に高校3年生の時も普通に学校に通い,特別な受験勉強をせずに合格できたのも関西志学館で鍛えていただいたお蔭だと感じております。

中学校受験と違い,本人の意志がしっかりとしていないと絶対に成功出来ない高校受験で目的を達成出来たことで『生き抜く力』をもいただいたように感じております。関西志学館の先生には灘高校に合格させていただいたことだけでなく,『努力して積み上げていくことの大切さ』と言う生き抜くための力をいただいたと感謝致しております。本当にありがとうございました。